『キタノサーカス』神戸のダンディが築いたタンゴの聖地【神戸三宮】#84
兵庫三菱Web編集局 | 記事 : N.Nagasaka
配信日 : 2018年12月3日 13時00分 JST
こんにちは。いつかはダンスとか踊れるダンディな男になりたい、ナガサカです。
みなさんは、アルゼンチンタンゴってご存知ですか? 社交ダンスとは別物で、ブエノスアイレスの場末の酒場で生まれた文化。民衆の悲しみを詠った曲に合わせて踊る、とても落ち着いたダンスです。
実は、神戸の観光地・北野異人館街には、本物のアルゼンチンタンゴを習うことのできる教室があります。
その名も『KITANO CIRCUS(キタノ・サーカス)』。
下調べをしたところ、どうやら昼間はカフェをしているそう。しかも、何やら超ダンディーなオーナーがいらっしゃるとか。興味が湧いたので行ってきました!
やっているのか? 入っていいのかわからない外観
JR/阪急・三宮駅を北側に出て、北野異人館街の方面へ。北野坂を登り、ローソンの手前を左に直進。 しばらくすると、右手にツタに覆われた白い建物が現れます。
その2階が、『KITANO CIRCUS』。 華やかなお店が多い北野ですが、ここだけは違います。注意していないとほぼ気づきません。
看板には "日本とアルゼンチン、100年の絆" の文字。
やっているのか判断がつきませんが、階段を登ってみます。 中を覗くと、オーナーらしきスマートな男性が一人、椅子に腰掛けまどろんでいます。お客は僕だけでした。
扉を開け「カフェはやっていますか?」と男性に聞くと、ゆっくりと目を開け「ええ」と一言。深くはっきりとした声でした。
ストレートコーヒー(¥500)を注文し、タンゴを踊るための広いスペースの奥、テーブル席に座りました。
店内は薄暗い明かりが数個ついているだけ。長年使われてきたであろう床はところどころがすり減り、外の光を淡く反射しています。
壁や棚にはレコード、ダンサーの写真、アルゼンチン国旗、外国の絵などがたくさん。 無理やり演出したのではない、湧き出すような異国情緒が、部屋全体を満たしています。
観光客で賑わう通りにあるのに、瞬く間に違う街に来たような感覚。こんなところに、僕は来たことがありませんでした。
メニューはこんな感じ。だいぶ簡素な印象です。
やってきたのがこちら。 美味しかったです。20年もされているカフェですから、きっとめちゃくちゃ美味しかったのでしょう・・・。ですが、実は緊張感のあまり味をよく覚えていません・・・。 というのも、オーナーのオーラが凄すぎて、味わう余裕がないんです。
オーナーの名前は、福野輝郎さん。ここKITANO CIRCUSのカフェは、ドリンクというよりはむしろ、異国の雰囲気の中で、福野さんとの非日常を過ごすための場所だと考えます。
ここからは超ダンディな福野さんとのやりとりを少しお見せしていきます!
ダンディズムの権化・福野輝郎さん
なんというか、「ダンディ」というのはこの方を指す言葉なのでしょうか。 180cmはありそうな長身に、タンゴダンサーゆえの美しい姿勢。 少し窪んだ目に、鋭い眼光。
口調は寡黙で厳しい芸術家のイメージそのまんまで、ゆっくりと考え、独特のテンポで話されます。
大学でファッションについて教えていたこともあるそうで、シンプルで小慣れたクールな身だしなみ。
そして、なんとお歳は80歳。
あまり会わない親戚と会う時のソワソワ感というか、厳しい大学の教授と話さなければならない時の緊張感というか、あの感覚をさらに増幅させた渋い居心地です。
アルゼンチン国旗と福野さん
あまりのオーラに話しかけるのをためらってしまいますが、この人と会うために来たのだから。北野まで!来たのだから!
ナガサカ 「タンゴを教えていらっしゃるんですよね?ご自身も踊られるんですか?」
福野さん 「ええ。この後も個人レッスンがありますよ。」
(福野さんはプロではないが、希望者には個人レッスンをされているそう。)
ナガ 「そうなんですね。アルゼンチンタンゴについて少し調べたのですが、すごく静かなものなんですね。」
すっくと立ち上がり、軽くステップを踏みつつ、
福野 「そうです。タンゴとは本来とても静かなものです。社交ダンスなんかの、あんな足を振り上げたり体を反ったりするのとは違うんです。あんなものはショーのために作られたものですから。」
少し力が入った語調でした。
ナガ 「やっぱり、アルゼンチンにはよく行かれるんですか?」
福野 「いや。私はあえて行かないんです。どうして行かないのか・・・。私はそれを自伝にしたためました。最後の5行を読めば理由はわかります。」
ナガ 「え、出版をされたんですか?」
福野 「いえ、一つコピーがあるだけです。出版だなんてくだらんことはしません。出版賞の関係者が度々来ては見せてくれと言いいますが、見せたことはありませんから。」
変わった人もいるもんだなあ。でも、行かない理由は気になる。
ナガ 「あの、読みたいです」
福野 「そうですか」
そう言って持って来てくださったのは、数百ページの紙がクリップで止められたもの。(なぜか普通に見せてくださいました)
コーヒーをいただきながら、最終章を拝見しました。
想像を超える美しい文体で、この章はブエノスアイレスへの愛について書かれています。最後の5行には、あえてそこにだけは行かない理由が。
なるほど、憧れというのは、時に人を苦しませるのかもしれません。
内容はここで言うべきではないですから、みなさんにもご自身で確かめていただきたいです。(バレたら怒られそうな気がするし)
しばらくすると、福野さんはタンゴをかけてくださいました。
薄暗い部屋に流れる、ホワイトノイズがうすく乗ったアルゼンチンタンゴ。時間がゆっくりに感じます。
すると、
福野 「来られましたよ」
60代くらいの女性が二人、個人レッスンを受けにやって来ました。 神戸のマダムたちでしょうか。
いつのまにかタキシードを着ていても違和感のないような空間が出来上がっていました。
ナガ 「そろそろお暇した方が良いでしょうか」
と聞いても、
福野・マダム 「どちらでも」
とおっしゃるものですから、心ゆくまでこの非日常を楽しもうと思い、
ナガ 「じゃあ少しだけ・・・。」
タンゴを教える80歳・ダンディズムの権化
タンゴを教わる60代・神戸マダム
と、その様子を見つめる19歳・大学生
福野さんとマダムの発するオーラが部屋の雰囲気を引き締めていきます。
福野 「タンゴとは『歩くこと』なんです。 人が100歩歩くなら200、1000なら2000、10000なら20000歩歩く。それこそが最も大事。 複雑な練習よりも、歩くことの方が大切なんです。
しかし、ただ歩くのではダメです。 『タンゴ』を歩くんです。タンゴの音を注意深く聞いて、その上を歩くんです。」
お年に似合わない覇気で、福野さんは僕におっしゃいました。
ナガ 「福野さん、厳しいですよね」
マダムたちに聞くと、
マダム 「とても厳しいです。視線が下にいくとすぐに怒られます。でも、とてもかっこいいんですよ。背筋もピッとして。」
自らを含め、誰に対しても等しく厳しい姿勢には憧れてしまいます。80歳で女性をリードしながら踊り続けるなんてとても信じられません。それだけタンゴを愛しているのでしょう。
そうこうしているうちに、店に来てからもう2時間以上が経っていました。
代金を払って出ようとすると、福野さんが「またお待ちしています」と言ってくださいました。ホントにいいのだろうか?と思いつつも、またこの空間を楽しめると思うと、とても嬉しかったです。
まとめ
神戸・北野で、日本におけるアルゼンチンタンゴの「聖地」となっている『KITANO CIRCUS』。
ここではプロのダンサーもレッスンをしているため、他県からも生徒がやって来ます。 また、毎週開かれるダンスパーテイー『ミロンガ』には、福野さんと関係を密にする本場アルゼンチンのプロダンサーや音楽家までもが参加するそうです。
閑散とした昼の雰囲気からはとても想像できなかったのでつい、どれだけの人が来るのか福野さんに尋ねると、「いちいち聞くな、見に来たらわかることだろう。」 と言われてしまいました。
この場所でタンゴを楽しむ人がいれば、数なんてどうでもいいのかもしれません。
多くを語らない紳士・福野輝郎さんは、一体どうやってこのような場所を築き上げたのか、今回の取材では明らかにすることはできませんでしたが、少なくとも疑問は持ちませんでした。彼ほどタンゴを愛し、アルゼンチンを愛する人間には、造作もないことなのかもしれません。
異国情緒の中で80歳・タンゴダンサーと過ごす非日常、みなさんはいかがでしょうか!? 長くなりましたがここらへんで!
KITANO CIRCUS (キタノ・サーカス)
- 住所:
- 兵庫県神戸市中央区北野町4丁目9−6
- 電話番号:
- 078-221-9294
- 営業時間:
- 14:00~23:00
※カフェは14:00〜17:00 - 定休日:
- 不明
- HP:
- TANGO ARGENTINO KITANO CIRCUS KOBE JAPAN
- 食べログ:
- KITANO CIRCUS
- 最寄駅:
- 阪急「神戸三宮駅」、JR「三宮駅」から徒歩約15分